文楽人形の用語

 

文楽人形の首の種類

文楽人形の首 (ぶんらく・にんぎょうの・かしら) 

文楽人形の首は、約80種類に分類され、身分や階級、役柄に応じてカツラを付け替え、顔色を塗り替えたりして、1つの首をいくつもの役に用いる。首の名称は、役柄の名称としても用いられる。初演に使った役名が、首名なることが多い。
 顔の色は、「白」「薄卵(うすたま)」「卵(たまご)」「濃卵(こいたま)」「猩臙脂(しょうえんじ)」という色を用いる。胡粉(ごふん:貝殻を原料とした白い水性の顔料)に混ぜる紅殻(ベんがら:水性の赤い顔料)の量で色合いが決まる。

 

【 男 の 首 】

文七 (ぶんひち/ぶんしち) 

『一谷嫩軍記』熊谷直実
 『一谷嫩軍記』熊谷直実
 『男作五雁金』の雁金文七に使ったのでこの名がある。いなせな侠客物を得意とした歌舞伎役者の中山文七の姿を、桐竹門蔵が模したともいわれる。
 主役を演じる男の首で、上瞼が一直線で目尻が斜めに上がり、目の両端を尖らせて鋭い。太い眉に薄く開いた口もと、強い意志と力の宿る目。男役を代表する首で、何かにじっと耐えているような、悲劇的な主人公や敵役などに用いる。<br>
 時代物:『一谷嫩軍記』熊谷直実、『菅原伝授手習鑑』松王丸など。世話物:『夏祭浪花鑑』団七九郎兵衛など。

角目 (かどめ) 

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽でいう〈文七首〉の役を演じる首。

口あき文七 (くちあき・ぶんひち) 

一名「内匠かしら」。頬が張って凄味があり、厚目な口許に好色の妖気を漂わる。公家悪で、いわゆる「国崩し」の性根で、傍若無人な憎々しい大笑いが特色。
 時代物:『菅原伝授手習鑑』藤原時平など。世話物:『妹背山婦女庭訓』入鹿大臣など。

大団七 (おお・だんひち/おお・だんしち)

『勧進帳』武蔵坊弁慶
 『勧進帳』武蔵坊弁慶
 もと「国性爺」の和藤内にあつらえたものを、「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛に転用したところから名付けられたが、現在、団七は文七を使う。
 大山が崩れかかっても、びくともせぬふてぶてしい面魂。顎が張り目鼻立ちが豪快な大きな首で、薄卵塗り。眉や口を動かす仕組みがあり、時代物の荒々しい立役に用いられる。
 時代物:『国性爺合戦』和藤内、『義経千本桜』武蔵坊弁慶など。

団七/小団七 (だんひち/こだんひち)

団七
 大団七より少し小ぶりで、小団七ともいう。
 眉は動かない。悪役に見えながら、のちに改心する無頼漢などに用いらる。
 目が大きく楕円形。特に目尻が丸く、上下の瞼の接点がない首、弁慶など。団七には、大丸目、小丸目の2種がある。小丸目は少し小さく、敵役に使われる。
 時代物:『義経千本桜』いがみの権太など。世話物:『新版歌祭文』だはの勘六など。

丸目 (まる・め)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈団七〉にあたる。

孔明/片桐 (こうめい/かたぎり)

孔明
 
 『諸菖孔明鼎軍談』の孔明に使った首。出師の面で名高い孔明で智謀の将である。理知的で上品な顔の首で、片桐且元に使われるところから〈片桐首〉ともいう。
 貫録と思慮にみち、心底に知性の閃きと、頬から顎にかけての輪廓に、一抹の憂いの情を見せている。家老や公家など、40〜50代の思慮深い性格の役柄に用いられる。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』大星由良助、『菅原伝授手習鑑』菅丞相など。

家老 (かろう)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈孔明〉にあたる。

正宗 (まさむね)


『新薄雪』万鍛冶正宗  『新薄雪』万鍛冶正宗
 『新薄雪』の万鍛冶正宗から名付けられる。
 定之進と違って肉がついて横に広い。
 時代物:『義経千本桜』鮮屋弥左衛門、『摂州合邦辻』合邦など。世話物:『生写朝顔話』戎屋徳右衛門など。

検非違使 (けびいし、けんびし)

『一谷嫩軍記』熊谷直実
 『菅原伝授手習鑑』源蔵
 検非違使の役を演じる首、または役どころの名称。剣の字が使われるのは、別師よりきつい性格を持つ意が含まれている。
 文七よりも小さめで、少し優しさのある均斉のとれた眉と目、引締った口元、深い智謀を胸に秘めた中年の武将もの。大名から端役まで幅広く用いられるが、敵役には用いられない。
 『太功記』の羽柴久吉、『近江源氏』の佐々木盛綱、『国性爺』の五常軍甘輝に使う眉と眠りの動きのあるもの、『菅原』の武部源蔵や梅王丸、『忠臣蔵』の平右衛門のように眉と寄り目のもの、『碁太平記』の亭主宗六や『曲輪薄』の亭主喜左衛門のように眠りだけのものと3種類ある。
 時代物:『義経千本桜』知盛、『絵本太功記』真柴久吉など。世話物:『桂川連理柵』帯屋長右衛門など。

剣別師 (けんべっし)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽でいう〈検非違使〉の役を演じる首。

別師 (べっし)

目尻は切れているのが、角目よりは優しい表情の首、または役どころの名称。文楽の検非違使から転化した名称。太功記の久吉など。

定之進 (さだのしん)

『菅原伝授手習鑑』春藤源蕃
  『艶容女舞衣』宗岸
 『恋女房染分手綱』の竹村定之進から名付ける。
 律気で慈悲深い老人でやや愁いの心をいだく理智的で上品な首。
 世話物:『花上野誉碑』方丈、『桂川連理柵』半斎、『艶容女舞衣』宗岸など。

鬼一 (きいち)

『国性爺合戦』 老一官
 『国性爺合戦』 老一官
 「鬼一法眼三略巻」の鬼一法眼から名付けられる。
 年寄りの首、または役どころの名称。爺、舅などの総称。老立役で、剛直のうちに慈愛と愁いを持っている時代物の首
 太い眉と強い目が厳しい表情を見せるが、人情に厚く風流を理解する心をもった老け役の首。時代物で重要な役柄に用いられる。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』加古川本蔵、『妹背山婦女庭訓』の大判事清澄など。

寄年 (よりと)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈鬼一〉にあたる。

金時 (きんとき)

『菅原伝授手習鑑』春藤源蕃
 『菅原伝授手習鑑』
       春藤源蕃
 『酒呑童子枕言葉』の坂田金時役に使われたところから名づけられたといわれている。
 大きく開いた目、太い眉、ぐっとふくれた頬の肉、への字に結んだ口元は 力動感にみち、どこか能面の新貯を思わせる古浄瑠璃の金平物系統の首。顔は濃卵に塗られる。
 主に時代物の勇ましく、思い込んだことを押し通す武将など、善人にも悪人にも使われる。
 時代物:『菅原伝授手習鑑』春藤玄蕃、『伊賀越道中双六』桜田林左衛門、『絵本太功記』四方天、『一谷嫩軍記』梶原など。

 (しゅうと)

『』
  『義経千本桜』梶原景時
 表面は冷たく強いが、内は やさしい性格を持っている。世話物で時代物の鬼一に当る。
 丸自のものは『夏祭浪花鑑』の舅義平次に使い、大男の無慈悲な悪の性格がある。動きのフキ眉で塗りは薄卵、髪は胡麻が原則。
 世話物:『心中天網島』舅五左衛門や、『艶容女舞衣』半兵衛、『夏祭浪花鑑』舅義平次など。

大舅 (おおしゅうと)

『』
  『義経千本桜』梶原景時
 丸目、ぎよろっとした大きい目と、直線的な目の隈、鋭い小鼻の線と頬、短い顎、深く刻まれたしわ、顎が張って、尊大で不敵な面構えを持つ、老け役の首。時代物で敵役の老獪な武将などに用いられる。
 時代物:『源平布引滝』瀬尾十郎、『仮名手本忠臣蔵』高師直、『近江源氏先陣館』北条時政など。

寅王 (とらおう)

寅王
 『大内裏大友真鳥』の菊地前司寅王から名付けられたといわれる。
 丸目と頬骨の出張ったところ、頑固一徹で無慈悲で、やや下品な老武士の役柄に使われる。『忠臣蔵』の斧九太夫など陰謀を企て、主人公を窮地に陥れる老悪人である。
 動きはフキ眉と寄り目、塗りは卵色、髪は胡麻塩である。
 時代物:『大内裏大友真鳥』菊地前司虎王、『仮名手本忠臣蔵』斧九太夫など。

白太夫 (しらたゆう)

『菅原伝授手習鑑』 白太夫
 『菅原伝授手習鑑』の梅玉、松王、桜丸の三つ子の親、臼太夫から名付けられる。
 平たい団子鼻、歯抜けに堅く結んだ口元、不均斉な小さい固と丸くふくらんだ頬は福々しい愛矯を湛え、いかにも田舎の律気素朴な好々爺である。目、眉の動きはなく、薄卵塗りで髪は胡麻塩。
 他に、『新版歌祭文』の久作に使う。目尻が下がり、歯が抜けて口元がすぼまった、柔らかく純朴な顔立ち。人柄の良い田舎の老け役に用いられる首。
 時代物:『菅原伝授手習鑑』白太夫など。世話物:『新版歌祭文』久作など。

鬼若 (おにわか)

『菅原伝授手習鑑』 杉王丸
『菅原伝授手習鑑』 杉王丸
 『鬼一法眼三略巻』の書写山の鬼若丸(後の弁慶)から出た名。
 10代の元気な少年。丸顔で二重あご、目が大きく丸く、眉は三カ月型立眉で,ふっくらした豊頬.頬にはえくぼがある。一文字に結んだ口もとが、負けず嫌いな性格を感じさる。
 塗りは白。ただし『足柄山』の金時は赤縮緬を張り、『太功記』の加藤虎之助は隈取りをする。
 時代物:『菅原伝授手習鑑』杉王丸など。世話物:『双蝶々曲輪日記』放駒長吉など。

新丸目 (しんまるめ)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈鬼若〉にあたる。(→ 鬼若)

源太 (げんだ)

『義経千本桜』佐藤忠信
 『義経千本桜』佐藤忠信
 『ひらかな盛衰記』の梶原源太から出た名。ボケヤツシともいい、20歳前後の二枚目系のやっし役。
 源太には若い上品な「動きなし」の源太と、眉と眠り目の「老けた源太」の2種がある。
 前者は、『菅原』の桜丸、『妹背山』の久我之助、『曲輪薄』の伊左衛門、『冥途の飛脚』の忠兵衛で、みずみずしい色男型。
 後者は、手負いに多く『忠臣蔵』の勘平、『太功記』の手負いの武智十次郎、『千本桜』小金吾、忠信。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』早野勘平、『義経千本桜』源義経、『伊賀越道中双六』呉服屋十兵衛など。

若男 (わかおとこ)

『本朝廿四孝』武田勝頼
 『本朝廿四孝』武田勝頼
 男の首は原則として、初演の人物の名から取られているが、これは例外。スマートな10代の美しい青少年で、恋の相手役であり、短命である。
 源太は、元服式をあげたりりしい青年で、若男はいわゆる前髪もので、まだ正式に妻帯していないのが原則。眉や口もとが優しい表情。顔の動きはない。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』大星力弥、『絵本太功記』十次郎、『一谷搬軍記』無官太夫敦盛など。世話物:『新版歌祭文』久松、『艶容女舞衣』半七など。

武氏 (たけうじ)

武氏
 古くは親父と呼んでいたが、時代物に使うのが武氏、世話物の平作と区別されている。卑賎な百姓や、駕かきや、船頭に使う。
 焦卵色で、眠り目と、口の開聞があり、髪は胡麻塩。『伊賀越』の平作や『双蝶々』の駕かき甚兵衛は、頬顎にかけて無精髭を描く。眉から目、歯の抜けた口許にかけて、一抹の老いの哀れと、貧しい境遇に落ちぶれながら、どこか気丈で頑固な性格が見られる。
 時代物:『源平布引滝』百姓九郎助、『仮名手本忠臣蔵』百姓九郎助など。世話物:『双蝶々曲輪日記』甚兵衛など。

チャリ (ちゃり)

滑稽な三枚目役の首、または役どころの名称。。与勘平とダラ助があり、滑稽な顔を表現する鼻返りなどのカラクリがある。

三枚目/祐仙 (さんまいめ/ゆうせん)

『良弁杉由来』雲弥坊
 『良弁杉由来』雲弥坊
 三枚目、通称祐仙。頬肉の厚ぼったい、蟹づらに似た道化で、外面は強くても内心は弱い、女を見ると横恋慕する色チャリ敵の脇役に使う。大黒頭巾をかぶると万才の太夫になり、油付鶴首の雷になると『忠臣蔵』の鷺坂伴内になり、坊主になると『東大寺』の雲弥坊になる。
 しかし何と言ってもこの首がその本領を発揮するのは、笑い薬の祐仙で、笑い薬とすり替えられたとも知らずお茶をもったいぶって呑みほっし、「ハ、、、プウハ、、、」と笑いこける所。
 『花競四季寿』才蔵など。

又平 (またへい)

又平

 『傾城反魂香』の吃の又平から名付けられた。チャリ首であるが、人のよい正直で、素朴な立役の性根をそなえ、座頭級がつかう。
 おでこで八眉のフキ眉で、目尻が下り、口がパクパク開く。薄卵塗り。素朴で律儀な三枚目の脇役で、眉や口を大きく動かす。
 貧しい暮しに追われながら老母に孝養をつくし、妹の身を案じる『堀川猿廻し』の与次郎、土佐の苗字を継ぎたい一心の吃の又平の必死な姿の中に哀れさがにじむ。他の悪人系のチャリ首と区別される所。
 時代物:『傾城反魂香』又平など。世話物:『近頃河原の達引』猿回し与次郎など。

与勘平 (よかんべい)

与勘平
 
 『蘆屋道満大内鑑』の奴、与勘平から名付けられた。三枚目、チャリの一種。
 目が丸く大きく、おでこが突き出し、頬と顎がふくれ、口をぎゅっと結んだ個性的な表情をしている。人形のもつ誇張美と諧謔美を遺憾なく発揮している。
 時代物:『芦屋道満大内鑑』与勘平、『伊賀越道中双六』蛇の目の眼八、『壇浦兜軍記』岩永左衛門など。

半ドウ (はん・どう)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈与勘平〉にあたる。(→ 与勘平

陀羅助 (だらすけ)

陀羅助
 『役行者大峰山桜』の泥川の陀羅助に由来する。
 険のある目つきと「への字」の口が、嫌みな表情を作る。小悪漢型の、にがみのある色敵がかった首で、憎々しい端敵役に使う。薄卵塗りで、身分の低い下男、奴、頑固な侍など、それほど大物でない敵役などに使われる首。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』薬師寺次郎左衛門など。世話物:『曽根崎心中』油屋九平次、『朝顔日記』岩代多喜太、『心中天の網島』江戸屋太兵衛など。

鼻動き/鼻むけ/ベか七 (はなうごき/はなむけ/ベかひち)

蟹_文楽首
 三枚目のチャリ首で、上を向いた団子鼻がくるりとむける。鼻柱が顔の中に引込んで、赤い鼻の穴が見える仕掛の首。同時に眉が大きく下がる。
 「鼻むけ」とも「ベか七」ともいう。「ベか七」というのは『狭間合戦』〈来作住家〉の入婿のこと。
 「鼻むけ」は鼻がひっこむと同時に、口の歯まで出るのが本式で、昔はこのほか「鼻出し」という肉色の長い鼻が飛び出るものがあった。
 『一谷嫩軍基』須股運平、『菅原伝授手習鑑』偽迎い、『白石噺』どじょう、『朝顔日記』立花桂庵、など。

 (かに)

蟹_文楽首
 チャリ首の一種、縦より横の方が長い。まとこにグロテスクでユーモラスな顔、こんな首を制作した人形細工人の奇抜な趣向に感心のほかはない。
 蟹には低能で愚直なものと、ちょっと陰険なものとあるが、この辺になると定型はなく人形細工師の独創性が発揮される。
 現在の文楽座はこの面白い首はない。地方の蒐集家に珍蔵されている。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』鷺坂坂内など。

丁稚 (でっち)

蟹_文楽首
    斧右衛門の首
 ふくふくしい戎顔のいわゆる「戎さん」と呼ばれるものと、ちょっと聞の抜けた馬面のものと、2種類がある。カツラは五つぐくりで八眉が原則。
 この首は、人をただ笑わせるだけでなく、場面の展開にかなり重要な役割をもっているので、老巧な人形つかいが遣うと舞台が生きてくる。
 この他『桂川連理柵 』帯屋の長吉や、『妹背山婦女庭訓』井戸替えの子(ね)太郎に使う、ひょうきんな中にも皮肉な仕所のある斧右衛門という首もある。
 世話物:『艶容女舞衣』丁稚長太、『心中天網島』阿呆の三五郎、『菅原伝授手習鑑』の十五のよだれくりなど。

座頭 (ざとう)

『三人座頭』の景事に出るもので、顔に哀れをふくんだ感じがある。盲人で表情の異なる三様のものがあり、いずれもひょうきんな顔に哀れをふくんだ感じがある。

子供/子役 (こども/こやく)

一口に子役といっても12~13歳から、赤ん坊まである。普通にに子役といえば7~8歳ぐらいの幼児で、『先代萩』の鶴喜代や、千松などに用いるも。
 それより大きくなると中子役となり、首もひとまわり大きく顔つきも〈若男〉に近くなっている。『妹背山』の三作や、『彦山』の三之丞など。
 赤ん坊は、抱き子でぐっと小さく簡単になる。動きはまったくない。

男の子供/男の子役 (こども/こやく)

『伽羅先代萩』鶴喜代君
 『伽羅先代萩』鶴喜代君
 子役に用いられる首。男子役と小娘役がある。子役に用いられる首は、可憐さが身上。『阿波の鳴門』のお鶴など。

男のつめ (つめ)

「つめ」というのは「小詰め」という意味で、下役の役者のこと。立者の人形を引立てるため、小さくできている。一人づかいで、花四天、侍、仕丁、番卒、軍兵、捕手、奴、町人、百姓、船頭などである。動きも、うなずきもない。ヒョコヒョコ動き、軽々と投げ飛ばされる。
 ちゃんとした役の首より小さく、細工も雑だが、関係者が手すさびに、こしらえた首が多いので、それぞれに個性があづ。
 『仮名手本忠臣蔵』〈裏門〉で勘平にからむ花四天、『新薄雪物語』〈新清水〉で妻平にからむ花田天、〈車曳〉で梅玉、桜丸にからむ仕丁など。

タンゼン (たんぜん)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈つめ〉にあたる。タソゼンとは、大勢という意味。

端役 (はやく)

百姓、狩人、町人、奴、下侍などの端下役に使う首。
 これには丸目もの、三枚目がかったもの、実役の検非違使風のものまである。『忠臣蔵』の狸の角兵衛、『一谷』の番場忠太など役は一定しない。

 

【 女 の 首

 (むすめ)

『妹背山婦女庭訓』お三輪
『妹背山婦女庭訓』お三輪
 若い娘に用いられる首、または役どころの名称。
 15~20歳までの未婚の女性で、動きのないのが原則。お姫様から町娘まで、未婚の娘は、ほとんどこの首を用いる。
 動きの仕掛けはなく、わずかな仕草だけで、様々な感情を表す。歯を食いしばって泣くしぐさのために、手ぬぐいや、袖を掛ける針が、口についている。
 純情可憐な容貌と、清純可憐な容貌と、清純な魅力をそなえ、無垢な乙女の匂いが、餅肌のぼっちゃりした白さと、寒梅のような小さな赤い魅惑的な唇に漂っている。この首の製作が、一番むずかしい。
 時代物:『本朝廿四孝』八重垣姫、『絵本太功記』初菊など。世話物:『曽根崎心中』お初、『新版歌祭文』お染など。

笹屋 (ささや)

『本朝廿四孝』八重垣姫
 『本朝廿四孝』八重垣姫
 娘首の一種で、作者の笹屋喜助より名付けられたと伝られる。
 普通の娘よりやや面長で、美しく描かれた黒眉、涼しい雅(みやび)なまなざしで、小さな清艶な口元。常に、花かんざし、前ビラをつけ、長い糸房が左右に垂れている。
 現実とは違う、激しい積極的な恋に生き、進んで恋に身を焼く、高貴な身分の女性。
 時代物:『本朝廿四孝』、『鎌倉三代記』時姫、『菅原伝授手習鑑』苅屋姫、『絵本太功記』初菊、『義経千本桜』静御前など。

傾城 (けいせい)

『壇浦兜軍記』阿古屋
 『壇浦兜軍記』阿古屋
 傾城に使う首で、華麗で濃艶さがただよう。
 肉感的な丸顔の一まわり大きな首で、美貌と教養をそなえた遊女の役柄に用いられ、色気の中にも気持ちの張りを感じさせる。衣裳もそれに応じて豪華な打掛をつけて明るい。
 「立兵庫」という、豪華なかんざしや、櫛のたくさんついた大振りな髪型に結いあげる。
 時代物:『壇浦兜軍記』阿古屋、『夕霧阿波鳴渡』夕霧となど。

ネムリの娘/新造 (ねむりの・むすめ/しんぞう)

『壇浦兜軍記』阿古屋
 年齢的には、娘と老け女形の中間で、娘首よりひとまわり大きく、つやのある表情をしている。
 動きは、ネムリだけで、塗りは白。今は文楽には、特に新造という首はなく、眉を幾分太く描いて新造にしている。
 主として、遊女など廓の女に使うもので、新造と呼ばれることもある。
 時代物:『仮名手本忠臣蔵』お軽など。世話物:『伊賀越道中』のお米、『伊勢音頭恋寝刃』お紺、『心中天網島』の小春など。

老女形 (ふけ・おやま)

『菅原伝授手習鑑』千代
 『菅原伝授手習鑑』千代
 年増といわれる年代の女形の首。中年の既婚女性。美しい剃りのある青眉、お歯黒に染めて口許に深い慈愛を漂わせ、動きは眠りだけである。
 きりっとした顔立ちのものは、時代物の武家の女房に、優しげな顔のものは、世話物の女房役。悲しむ役柄が多いので、口角はやや下向き。目をつぶる仕掛けがあり、口元には娘の首と同様に針がついている。
 時代物:『伽羅先代萩』栄御前、『仮名手本忠臣蔵』戸無瀬など。世話物:『夏祭浪花鑑』お辰など。

後室 (こうしつ)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈老女形〉にあたる。

女房 (にょうぼう)

既婚の中年女性の首。〈老女形〉首の一種。眉は青く描かれ、お歯黒。

 (ばば)

『良弁杉由来』渚の方
 〈老女形〉が更に老年になったものの首。
 老女の役柄で、薄卵塗りで、動きはなく、額に3筋、まなじりにシワがある。
 時代物では端正で気品のある首が、世話物ではやや寂しげな写実的な首が用いられる。
 時代物:『菅原伝授手習鑑』覚寿、『本朝廿四孝』勘助の母など。世話物:『双蝶々曲輪日記』長五郎母など。

悪婆 (あく・ばば/わる・ばば)

莫耶
 世話物専用の悪チャリ婆で、あごが少し突出し、意地悪そうな目付きの中にも、下卑た下り目が特徴。嫁いびりの姑婆であるが、年に似合わぬ色気の盛んな所を見せて見物を笑わせる。
 髪は胡麻のひっくくりで、少々剃げ上がって、短くすり切れている。色は薄卵。
 世話物:『 桂川連理柵』おとせなど。

莫耶 (ばくや)

莫耶
 時代物の悪婆で、莫和は干将の妻で、呉越春秋で闇闘が干将に、錦を2つ作らせて1つを干将、1つを莫耶と名付けたが、首に名付けられた理由は、はっきりしない。
 俗に「一つ家の婆」といわれ、性根は棲愴(せいそう)の気。
 眼は寄り目と、返り目で、金目となるものの2種。口は開閉仕掛と、顎おちと2種ある。凄みのある恐ろしい表情の老女方で、時代物の敵役で用いられる。髪が白く、口と目が動く。
 時代物:『奥州安達原』〈一つ家〉鬼婆岩手、『生写朝顔話』荒妙など。

八汐 (やしお)

八汐
 老け女形の敵役で、眉間にしわの寄った、とげとげしい表情。
 目は鋭く、まなじりが上がって寄り目。口は開閉するのが原則。横目でにらむ時は、目尻の赤が印象的でいかにも憎々しい。口の動きは冷笑する時に効果をあげる。カツラは片外し、塗りは薄卵。
 時代物:『伽羅先代萩』八汐、『コウ山姫捨松』岩根御前など。世話物:『伊勢音頭恋寝刃』万野など。

妙りん (みょうりん)

『双蝶々曲輪日記』〈米屋〉の尼妙林の首。
 基本は世話の婆だが、長吉になぐられて大きなコブができる芝居があるので、頭の上にコブがあり、始めの間は、頭巾で隠してある。

お福 (おふく)

『釣女』 醜女
   『釣女』 醜女
 愛嬌ある道化役。おたやんともいい、下ぶくれした顔に、ひょうきんな目鼻だちの首。終始おもしろおかしく動く。
 細い下がり目で鼻は低く、頬がふくれた、愛嬌のある顔だち。時代物では腰元役、世話物では下女の役などに用いられる。
 時代物:『妹背山婦女庭訓』豆腐買など。景事:『釣女』醜女。

女の子供/女の子役 (こども/こやく)


  女の子役_文楽
  『阿波の鳴門』のお鶴
 「小娘」とも「おぼこ」ともいう。年齢によって大小種々あり、役に応じて適当に使い分ける。
 小さいものは『艶容女舞衣』のおつう、大きいものは『傾城阿波の鳴門』のお鶴、『奥州安達原』のお君、『桜鍔恨鮫鞘』のお半などに使う。

禿 (かむろ)

そのほか子役には、禿という特別の首がある。『二人禿』や『戻り駕』などに使うが、これは子供と娘との中聞の存在で、むしろ娘に近い。

女のつめ (おんなの・つめ)

女の子役_文楽
 「つめ」というのは「小詰め」という意味で、下役の役者のこと。立者の人形を引立てるため、小さくできている。一人づかいで、動きも、うなずきもない。
 官女、腰元、女中などに使う。

 

【 特 殊 な 首 】

景清 (かげきよ)

『嬢景清八島日記』景清
 『嬢景清八島日記』景清
 『嬢景清八嶋日記』で、盲目となって放浪し、島で貧しい暮らしをする武将・景清に用いられる。潮風に長くさらされた肌を表すためにざらざらした縮緬が張られ、ふだんは閉じているまぶたを開くと、真っ赤な目が現れる仕掛けがある。。

丞相 (じょうしょう)

丞相
 一役首の一つ。『菅原』の菅丞相は孔明を用いるが、四段目〈天拝山〉だけは、この首を使うことになっている。
 菅丞相が時平への怒りのあまり、生きながら雷神と化す場面で、配流の身をあらわす頬骨の突起と、鋭い目に役柄をあらわす。立ち眉と寄り目の動きがあり、塗りは白。特殊な首ではあるが、役柄の共通から『平家女護島』の俊寛にも流用される。

上人 (しょうにん)

『良弁杉由来』良弁
  『良弁杉由来』良弁
 もと『日蓮上人御法海』の日蓮上人に使った。上人には、2種類あり『二月堂』の良弁に使うものと、『日蓮記』の日蓮に使うものがある。
 前者は温和な高徳の相、後者は荒行を克服した強きが必要とされている。現在は、ほとんど前者のみが使われているが、上人首は、仏師の作が多く、目は玉眼がはめられている。
 静けさの中に品位と威厳と慈悲とをそなえた高僧の首で、孔明首と共に、じっと内にためた軽々しく動けぬ人形の双壁で、太夫にも人形つかいにも、それだけの貫録のいる座頭の遣う首である。
 ほかの首と違い、カツラをつけない。
 『弥陀本願三信記』親鷲上人、蓮如上人、『いろは物語』」弘法大師、『良弁杉由来』良弁など。

宗玄/法界坊 (そうげん/ほうかいぼう)

ともに破戒憎の役柄で、それぞれ『菊池大友姻袖鏡』の宗玄、『隅田川続悌』の法界坊に使う。
 ともに頬が落ち、目がキョロリとした共通の表情をもっており、口に仕掛けがあって、聞くと舌がみえるようになっている。法界坊の方は、やや滑稽味を帯びている。縮緬張りで衰えている様子をあらわす。

ガブ (がぶ)

人形立
 妖怪変化や怨霊の役柄に使われる首。ふだんは美女の顔だが、目がくるりと回って金色になる。口が耳まで裂けて牙をむき出したり、金色の角を出したりする仕掛けがある。
 『薫樹累物語』怨霊・累、『増補大江山』の悪鬼、『日本振袖始』の岩長姫など。

妲己 (だっき)

阿波人形浄瑠璃で使われる言葉で、文楽の〈ガブ〉にあたる。

山姥 (やまんば) 

口が裂け、目は大きく返り目になり、角が2本現れる。大江山の山姥。

 (かさね) 

口が耳もとから裂け、金色の歯が光り、目玉がひっくり返って金色の目になる。異形・妖怪の相。仕掛けは山姥と同じだが、角は出ない点が異なる。

玉藻前 (たまものまえ)

『玉藻前曦袂』に用いられる首で、美しい娘が狐に早変わりする仕掛けがありる。糸を引くと、矢印のように、カツラの台座から狐の面が、頭上から娘の顔の前面にかぶさる。糸を緩めれば、面が引っ込んで再び娘の顔に戻る。

玉藻前1
玉藻前2 玉藻前3

両面 (ふたおもて)

両面_玉藻前
 玉藻前に使う。一つの首の前後に顔があって、一方は美女、一方は狐になっている。髪の毛で二つの顔を隔てて、背面の狐の面が見えないように工夫されている。
 上の写真の美女の首を、胴串で半回転させ、一瞬のうちに背面にある狐の顔に変える。見物をあっといわせるように、うまくつかわないと効果がなく、仕掛けがわかつてはだいなし。

お岩 (おいわ)

お岩
  『東海道四谷怪談』のお岩の首。
形式には数種類あるが、いずれも片眼がはれ上がって、髪の毛が抜け落ちたすごい形相をしている。口が裂けて乱杭歯が出たり、眼玉がひっくり返って大きく見聞くなど、いろいろな仕掛けが工夫されている。

梨割り (なしわり)

梨子割り
 つめの一種で特殊の仕掛がある。
 『ひらかな盛衰記』〈笹引き〉でお筆にからむ捕手ゃ、『義経千本桜』〈椎の木〉で小金吾を取巻く捕手ゃ、『卅三間堂棟由来』〈熊野山中〉で平太郎に襲いかかる山賊が、すっぱりと斬られた途端に、引栓を外すと、顔が二つに割れて前半分が前に落ち、斬られた真赤な断面を見せる。
 時には、中の目玉がグルグル廻る仕掛があるのもある。多くの捕手のうちの最後の一つに限るので見物をどっと笑わせる効果がある。

三番叟 (さんばそう)

三番叟
 三番叟、翁(二番叟)、千歳(一番叟)の三個の特別の首をいう。神格化されており、別箱に納める。 人形芝居の開演前に、式舞として三番叟を舞わす。

恵比寿 (えびす)

三番叟
 阿波人形浄瑠璃などでは、漁村で人形芝居を興行するときは、『恵比寿の鯛釣り』で大漁を祈った。
 また、旧正月の門付け芸の〈恵比寿舞わし〉として行われた。

孫悟空 (そんごくう)

孫悟空
       孫悟空
 『五天竺』の孫悟空(そんごくう)だけに用いるもので、猿の顔をしている。縮緬張りで目、口に動きがあり、早替わりゃ宙乗りなど種々のケレンが行われる。
 沙悟浄(さごじょう)は、河童の化け物なので、口に特徴があり、聞くと舌が出る。塗りは青緑色。猪八戒(ちょはつかい)は猪の腹に宿った化け物なので、鼻や耳が動くようにつくられ、塗りも灰藍色。


沙悟浄
      沙悟浄
  猪八戒
      猪八戒
 

 


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 参考文献
「文楽」 山田庄一 1991(1990)
「カラー文楽の魅力」 吉永孝雄 1974