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オブジェクト・シアター

オブジェクト・シアター (おぶじぇくと・しあたー) object theater

1950年代に、ポーランドで試みられた手法だが、1970年代中頃に盛んに行われるようになった、新しい人形劇芸術活動。物体を物体そのものとして、演じることで、人形劇の枠を乗り越えた、新しい舞台芸術を創造しようとする試み。人形劇をオブジェクト・シアターと言い換えるだけのものは、不適切な表現。フィギュア・シアターというべきであろう。この言葉は、新しい概念であるためや、魅力的な言葉の響きを持つこともあり、人により、いろいろ付け加えるなどして、解釈の幅が広い。

ヘンリック・ユルコフスキーによると、様々な試みがなされたが、成功した作品は、ほとんどなかった。今では、人形劇学校のエチュードの教材として使われるくらいだ。そして、最も成功したオブジェクト・シアターとして、「アスピリンの悲劇」をあげた。【1988年、名古屋でのウニマ大会の講演から引用】

「アスピリンの悲劇」  ハンガリー:グリオ・モルナール

舞台中央には、テーブルが置かれている。テーブルの上には、水の入ったグラスが置いてある。
 演者が登場し、テーブルの後ろに立つ。ポケットから、色とりどりの包装をしたキャンディーを取り出し、ばらまくようにテーブルに並べる。演者は、キャンディーをいくつかつかみ、楽しそうに遊んでいるように演じる。また、別のグループのキャンディーを遊ばせる。
 演者は、もう一方のポケットから、大きなアスピリンを取り出す。そして、テーブルの上で、遊んでいるキャンディーを眺めさせる。しばらくして、ひとつの遊んでいるキャンディーに近づき、仲間になって遊ぼうとするが、無視されてしまう。別のグルーブにもいって、仲間になろうとするが失敗する。
 アスピリンは、自分が白い塊のせいだと思い、ひとつのキャンディーの包装紙をはぎ取り、不格好に自分に着せる。そして、仲間になろうとキャンディーに近づくが、何度やっても無視されてしまう。

アスピリンは、キャンディーの包装紙を脱ぎ捨て、グラスの側面を登りグラスの縁にたどりつく。ややあって、アスピリンは水の中に身を投げる。
 アスピリンは、すっかり溶けてしまい、グラスの水は何もなかったように、透明になる。

(筆者注: 欧米のアスピリンは、日本と違って大きい。キャンディーの包装紙では、
   小さすぎる。アスピリンは、水によく溶ける性質の薬)

オブジェクト・シアターという手法が成功しなかった理由について、須田輪太郎は、「物体を物体として純粋に演じようとしても、物体が擬人化することを断ち切ることができないからだ」と批評した。つまり、純粋に物体として演じようとしても、人形劇の枠からは一歩も飛び出すことができないと評したのである。須田の立場からすれば、「アスピリンの悲劇」もオブジェクト・シアターたりえないのだ。

現在では、単に、目鼻、手足の付かない、擬人化された物体を操作して演じる人形劇と解釈されるものが多い。

 


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 参考文献
「オブジェクト・シアター」ヘンリク・ユルコフスキ/加藤暁子翻訳 2000's