◆ 人形の構造による分類 ◆


糸あやつり人形

糸あやつり人形 (いとあやつり・にんぎょう) String Puppet

上から糸などで操作する人形の総称。糸の本数は、1本から十数本のものまである。糸は、細い鋼鉄線の場合もある。糸ということからなじまないが、太い金属の棒だったり、木製の棒だったりもするが、糸あやつり人形と呼ばれている。この構造の人形を総括する最適な呼称は見つかっていない。

糸あやつり人形

日本では、マリオネットと呼ばれることが多いが、英語では人形劇全体を指すことも普通なので、注意が必要。
 ヨーロッパにおいては、糸あやつり人形の先祖は、上からの1本の棒づかい人形であったと考えられる。次第に手、足に補助的な糸がつき、やがて全部が糸だけで操る構造に発達したと考えられている。インド、中国では、最初から糸で操られていたと考えられている。

人形の重さを支える両肩の糸、首、両手、両足を動かす各2本の糸とで、9本の糸でつかうものが一般的な構造。

糸を受ける操作器のことを〈コントローラー〉または〈吊り手(つりて)〉と呼ぶ。ヨーロッパでは、トンボ型の〈水平式〉のものと、たて型になった〈階層式〉のものとがありる。日本では、四角い板状になっていて、手板と呼ばれている。インドでは、コントローラーを使わず、直接手で糸を操られるるものもありる。

どちらかというと、糸あやつり人形はヨーロッパで盛んに行なわれていた。日本の現代人形劇では第二次世界大戦まで、主流的役割をはたしていたが、今日では活発に行なわれているとはいえない。それはその後、さまざまな構造の人形が開発、導入されたことにもよりるが、むしろ舞台的条件や、構造の複雑さから敬遠されているように思える。

 

糸あやつり人形の用語

コントローラー/吊り手 (こんとろーらー/つりて) controller 

糸あやつり人形を操作する部分。欧米では、垂直式のものと、飛行機型をした水平式のものがある。垂直式のものは、棒吊り人形の一部が進化したものと思われる。

コントローラー コントローラー
垂直式と、水平式のコントローラー

日本の伝承人形劇では、田型をした水平式のものが多く、手板、または吊り手と呼ばれる。

シーソー/天秤 (しーそー/てんびん)

コントローラーに取り付けられた上下に動く部品。 ヒザを上下させ歩く動作をさせたり、首を左右に動かすための仕掛けとして使われる。天秤と呼ぶこともある。 

手板 (て・いた)  

日本でのコントローラーの呼称。2本のシーソーは、それぞれ、ヒザを上下させ歩く動作をさせるものと、首を左右に動かすためのもの。(→ コントローラー

手板 手板の操作法

歩み (あゆみ)

糸あやつり人形の舞台天井部分に設けられた歩み板。軽量のため杉材が用いられることが多い。人形つかいが、その上に乗り、人形を垂らして操作するためのもの。

および腰 (および・ごし)

糸あやつり人形のつかい方。本格的な舞台では人形舞台の天井に、歩みという足場を組んで、歩みに乗って人形を操作するが、簡略的に操作する方法。操者が、少し前屈みになって、操者の前に人形を垂らして操作する。操者が、少し高めの台に乗ったり、平舞台で人形と同一平面上に立って操作する方法。

棒吊り人形

川尻泰司の造語。糸あやつり人形のうち、頭の上に差しこんだ細い棒を、上から吊すようにして動かす人形。手足の関節はブラブラのものもある。手・足に紬い操作棒をつけて動かすものもある。操作は、1人から数人で操るものまである。

構造上は〈糸あやつり人形〉の先祖ともいえるものである。ヨーロッパでは、最初、ベルギーのチャンチェの人形のように、1本の鉄の棒で上から動かすものだった。次に、手に鉄の棒を付けたシチリアのパレルモの人形の構造になり、鉄の棒が次第に糸に置き換わり、今日のような糸だけの構造になったと考えられている。

棒吊り人形
左:ベルギー〉チャンチェ  右:カナダ〉ウインド人形劇場

骨寄せ (こつよせ)

骸骨の糸あやつり人形を使って、骨がバラバラになったり、瞬時に元の姿に戻ったりする骸骨踊りの定番の演目。
 コントローラーに仕掛けがあって、垂直の時は写真のような骸骨人形だが、水平に倒すと、一瞬にして、頭が宙に浮き、腕の骨がバラバラになるようになっている。
 明治に来日した、イギリス人のダークが、浅草の花屋敷で演じたことから広まった。ダークの帰国後も日本人に引き継がれてしばらく演じられた。その様子は、萩原朔太郎の随筆になっている。国木田独歩の随筆にも「パンチがぶらぶらと……」とあるが、手づかい人形のパンチ劇ではなく、ダークの糸あやつり人形のことと思われる。
 骸骨の人形ほか一式は、早稲田大学演劇博物館に収蔵されている。

棒吊り人形
イギリス: 骨寄せの糸あやつり人形

 

糸あやつり人形の操作におけるコントローラーの重要性

糸あやつりをつかうとき、1本、1本の糸を引っ張って操作すると思う人がいるが、それは間違いである。糸あやつり人形の操作のポイントは、3点あって、ひとつはコントローラーが人形であることを理解することである。コントローラーが人形のミニチュアであることが理解できれば、糸あやつりの操作はむつかしくないことがわかるだろう。コントローラーは、糸を掛けておくだけのものではないのだ。
 垂直型のコントローラーがわかりやすいので、例にとって説明する。人形をお辞儀させる場合は、コントローラーの上部が頭部で、垂直な部分が体と理解することだ。コントローラーの上部(頭)をお辞儀するように前に傾けていけば、自動的に、人形の首の糸が下がり、腰に付いている糸が引き上げられ、人形がお辞儀することになる。基本的な人形の動きは、コントローラーを人形の分身だと思って、コントローラー本体を人形と思って動かすことで可能となる。

次の点は、糸あやつり人形の腕を左右に動かす場合、糸を平行に左右に動かしただけでは、腕を振ることができない。5円玉を糸に吊って、実際にやってみるとわかる。5円玉は、動かした方向に付いてこないのだ。解決するためには、振り子だと思って操作するのである。右に動かすときは、わずかに左に振ってから、右に振るのである。糸が長くなればなるほど、このことは重要な要素となる。

最期に、糸あやつり人形強く持ち上げると、人形が浮き上がったように見える。人形の足が床から離れていなくても、観客からは、そのように見えてしまう。また、糸を緩めすぎると人形は、だらりとなって人形自身が立っているように見えない。
 コントローラーを人形自身と認識し、コントローラーのある位置の水平面が人形の立つ地面であると理解し、その水平面上を離れないで移動すればよいのである。

完全な演技のためには、修練は必要であるが、この3点を理解できれば、人形の操作ができる。


ヨーロッパの糸あやつり人形

糸あやつり人形は、日本ではマリオネット(marionette)と呼ばれるが、ヨーロッパでは人形劇全般を指して使われるのが一般的だ。糸あやつり人形は、ストリング・パペット(string puppet)の呼称で区別されている。
 日欧とも糸・弦という意味であるが、ヨーロッパの糸あやつり人形は、上からの棒つかい人形から発達した。最初は、1本の棒で上からつかうものから始まり、やがって、両手も棒で操作されるようになった。イタリアのシチリアに残っている。
 その後、棒が糸に置き換わるようになったと考えられている。人形を操作する部分をコントローラーと呼ぶが、最初は垂直式のものとして発達し、その後、トンボの形のような水平式のものも生まれたと考えられる。

棒吊り人形
左:古いローマの素焼きの人形   右:チャンチェの人形  
棒吊り人形
イタリア:パレルモの3本の棒で操る人形  
棒吊り人形
下手の人形の手は棒だが、上手の人形は、手の操作が 糸に置きかわる  
棒吊り人形
垂直式のコントローラー  チェコ:S+H劇場「シュペイブルとウルビネク」
棒吊り人形
複雑な垂直式のコントローラー  ドイツ:アルブレヒト・ローゼル  
棒吊り人形
水平式のコントローラー  ドイツ:マーガズッペ  

 


アジアの糸あやつり人形

中国の糸あやつり人形

中国では、羽子板式のコントローラーを使っている。シーソーも付いていなくて、糸も十数本と多いのが特徴。

棒吊り人形
羽子板式のコントローラー 中国泉州の人形

インドの糸あやつり人形

ラジャスタン地方では、1本のヒモだけで演ずる糸あやつり人形がある。
 変わった物としては、両腕は太めの針金を使い、首は操者の頭にハチマキのようなコントローラーに糸を付けて操作するものがある。

棒吊り人形
インド 左: つかい棒と糸の人形  右: ラジャスタン地方の人形

 


日本の伝承人形の糸あやつり人形

シーシアヤチ

沖縄県では名護近くと、今帰仁(なきじん)の謝名(じゃな)部落の2ヵ所に残っている。豊作を祈願した祭礼「村遊び」の最後に踊らせる、獅子舞の糸あやつり人形。
 簡単な構造で、首と尻の部分を2本の糸で吊しただけのものである。コントローラーはなく、指でつまんで操られる。獅子頭は木彫りで、胴体は糸芭蕉で覆われている。上部に設置された横棒に糸はかけられ、つかい手が幕の後ろで操る。伊計離節(いちはなぶし)」に合わせて、中央に吊した珠に向かって、「飛びつくだけというシンプルなものである。

棒吊り人形

出雲系糸あやつり人形

古いタイプの構造で、島根と山口に分布している。人形は少し小型で、コントローラーは、もともと田型であったものが、その後の工夫で多様な種類があるのが特徴だ。
 出雲大社行楽館に残る構造の人形が元になっており、明治になって様々な構造の人形となった。コントローラーだけで、田型、T型、干型、U字+田型、羽子板型と多様である。多様になったのは、出雲大社の糸あやつり人形を見物しただけで、それぞれが、各地で工夫して、写し取るように再現して人形を作ったからである。
 出雲大社にのこる羽子板型のものは、以前は田型であったものを、明治中期、人形師石倉太一郎の考案で、羽子板型に改良したと伝わっている。形体から見ると、中国泉州の羽子板型コントローラーを参考にしたように見える。 人形の操作は、「および腰」で行われる。および腰というのは、操者が少し前屈みになって、人形を差し出して演じる手法である。

棒吊り人形
左:出雲大社町行楽館のの人形 右:佐太のデコ
棒吊り人形
マシーデコ人形 右:今井福助座 左:豊笑座

江戸系糸あやつり人形

江戸系糸あやつり人形 中国から渡来した「南京あやつり」が元になっていると思われる構造の糸あやつり人形。江戸、大坂で、江戸時代から演じられていたものと思う。東京の結城座、竹田人形座(廃業)、富山の入善の糸あやつり人形として、残っている。
 人形は、出雲系糸あやつり人形より、やや大型である。コントローラーは、田型であるのが、共通している。操作は、人形の舞台の上部に「歩み」と呼ばれる足場を設け、操者はその上に乗って人形を操作する。
 富山の入善のものは、大阪から入った人形がのこされている。島根の益田人形は、明治の糸あやつり人形師山本三之助の弟三吉(本名:加藤元吉)よって持ち込まれた。 明治中期、九世結城孫三郎が、少し小型の人形に改良したり、チョ糸(頭を前後に動かす仕掛け糸)を改良したりの工夫を行って、現在になっている。

南京あやつり/益田人形

 

結城座/竹田人形座
左:結城座「杜子春」  右:竹田人形座「雪ん子」

 


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 参考文献
「日本人形劇発達史・考」 川尻泰司 1986
「学校劇事典」 落合聰三郎 1984