◆人形劇団 ◆

人形劇団 (にんぎょう・げきだん) puppet troupe / puppet theater

人形劇を上演するために集まった集団。1人だけで、人形劇の上演活動をする場合でも人形劇団と名乗ることは多い。英語では、劇場用有するものを"Puppet Theater"、有さないものを"Puppet Troupe"と呼ぶ慣習がある。日本では、劇場を有する現代人形劇団がなかった時代が長かったので、そのことを区分する慣習はない。

劇団の創立日は、劇団の最初の公演日とするのが慣習。

人形座 (にんぎょう・ざ) puppet troupe

人形劇団のこと。伝承人形劇に、よく使われる呼称。  (→ 人形劇団)

職業人形劇団 (しょくぎょう・にんぎょう・げきだん) 

職業として活動している人形劇団。職業劇団だからと行って、営利を目的とするものばかりではないことに留意する必要がある。営利・非営利は別の概念であるにもかかわらず、混乱して使用されている場合が多い。

かつて、日本では職業人形劇団と呼ばれることに、職業劇団が抵抗する時期があった。「職業=金儲け」と、とらえていたからだ。そのため、自らを、プロ人形劇団、または専門プロ人形劇団と呼んでいる時期があったが、現在では、職業人形劇団という呼称が定着しつつある。日本ウニマ発行の「日本の人形劇(人形劇年鑑)」において、この呼称が採用されていることが大きい。  (→ 日本の職業人形劇団

プロ人形劇団 (ぷろ・にんぎょう・げきだん) 

職業人形劇団のこと。  (→ 職業人形劇団

職業的専門人形劇団 (しょくぎょうてき・せんもん・にんぎょう・げきだん) 

職業人形劇団のこと。現在では、この呼称はほとんど使われなくなった。

かつては、〈専門人形劇団〉と呼ぶ時代があったが、アマチュアの人形劇団から、「我々の中にも専門的にやっている劇団はある」との反発があったことから、この呼称が生まれた。  (→ 職業人形劇団

専門プロ人形劇団 (せんもん・ぷろ・にんぎょう・げきだん) 

職業人形劇団のこと。現在では、あまり使われなくなった。  (→ 職業人形劇団

営利 / 非営利 (えいり / ひ・えいり)  purofit / on purofit

英語で言うと、"For purofit"(営利の目的のため)、"For non purofit"(非営利の目的のため)である。ボランティアとともに、日本では希薄な概念となっている。

営利というのは、活動で得た収益を、団体の所有者または個人が、利益分配するという行為である。団体の所有者とは、株式会社なら、その株主であって、会社の構成員のことではない。法律では、株主が社員で、構成員は従業員。活動で得た収益を、利益分配することなく、活動の再生産に全額あてているなら、非営利活動である。その構成員の有給、無休は問わない。
 劇団員など構成員が、活動で給料を得ていることを理由に、その団体を営利団体とするのは誤った考え方である。

ボランティア (ぼらんてぃあ)  volunteer

もともとは、自らの意志により参加した志願兵のこと。長じて、自主的に社会活動などに参加し、奉仕活動をする人のこと。また、奉仕活動そのものを指すこともある。有志(ゆうし)、奉仕者(ほうししゃ)などともいう。【Wikipedia】

日本では、この言葉の使用に混乱がある。「ボランティア=奉仕」という概念が一般化しているからである。「無報酬は尊い」と考える日本の文化的背景が影を落としているのが、主な理由だろう。「ボランティアで、人形劇の上演をお願いします」という依頼には、「無報酬で」という意味合いで使われる場合がよくある。

もともとが志願兵のことであるのにもかかわらず、無報酬で活動することと思われている点だ。志願兵は、無休で働くわけではないのに、一切の報酬を受け取らないというように、日本では解釈されている。志願兵が尊敬されているのは、報酬の有無でなく、自ら手を上げてやるという行為についてなのだ。

アマチュア人形劇団 (あまちゅあ・にんぎょう・げきだん) 

自ら、非職業人形劇団と表明して活動している人形劇団。ときには、個人の場合もある。アマ人形劇団ともいう。

アマチュアか、アマチュアでないかを判断する客観的概念は存在しない。あくまでも、劇団がアマチュアと表明しているかどうかだけである。詳しくは、日本ウニマ発行「’08日本の人形劇」に藤原玄洋『「アマチュア人形劇」の概念を考える 』が掲載されているので参照されたい。

村座 (むら・ざ) 

アマチュアの伝承人形の劇団のこと。農閑期に村人たちが、自分たちの楽しみのために人形芝居を上演していた。かつては、職業として人形劇を行うことは、士農工商の身分外の賤民となってしまう時代があり、あくまでアマチュアとして楽しんだのである。
 長野県南部には、今でも多くの村座が残っている。中山道沿いの、上方と江戸のほぼ中間部にあたる地域である。プロの人形芝居一座が、上方から下るか、江戸から上る途中で、興業に失敗し、当時、養蚕で儲けた村の有力者に人形を売り渡し、路銀にかえて一座は解散した。村人たちは、村に残った人形を使って、自ら人形芝居の上演を始めたことも多かったと考えられている。

 


日本の人形劇団

日本の職業人形劇団  

日本には100以上の職業人形劇団が活動をしている。諸外国には、このように多数の職業人形劇団の存在する国は現在ではない。

その特徴は、芸術を目的とするよりは、主に、児童の情操教育に重点をおいて活動している点であろう。劇団自身は、第一義に芸術を目的が置かれていないという評価に、不名誉を感じているようだが、決してそのようなことはない。むしろ、世界に誇るべき特質だと思う。試みに、日本ウニマ発行の「日本の人形劇(人形劇年鑑)」のグラフ・ページを開いてみると、「なるほど、人形劇は子どもに必要なものだ」との印象を受けるだろ。また、フランスの国際人形劇研究所の発行する「PUK」に掲載される人形劇の写真を見ると、「人形劇は、やっぱり芸術なんだぁ」と感じるに違いない。

日本では「目的としての人形劇」という概念が希薄なのが現状だ。人形劇は、必ずしも芸術だけを目的に行われているわけではない。芸術活動を第一に目指していることが、最もすぐれた団体の活動というわけではない。人形劇芸術を生かして、教育としての目的、識字教育のような啓蒙活動を目的とするものなど様々である。教育というと、教訓的な物語としてやると勘違いする向きがあるが、決してそうではない。子どもの人格、情操などを高める行為は、すべて教育である。

かつて、日本では職業人形劇団と呼ばれることに、劇団が「金のためにやっているわけではない」と、抵抗する時期があり、自らを、〈プロ人形劇団〉、または〈専門人形劇団〉と呼んでいる時期があったが、現在では、あえてこの呼称を使うことが、あまりなくなった。 専門人形劇団の呼称が使われなくなった理由の一つは、職業人形劇団が、自らを「専門人形劇」と呼ぶことに対し、アマチュア人形劇団が、「アマであっても専門人形劇団はある」と反発したことにもよる。

もう一つの特色は、ほとんどの職業人形劇団が、実態として非営利団体であることだ。たとえ、株式会社、有限会社を名乗っていたとしてもだ。株式会社を名乗っている人形劇団が、かつて配当を行ったことは、寡聞にして筆者は知らない。名乗っているのは、法律的に、社会的身分を守るための便宜的方策でしかないからだ。念のためにいうと、個人が職業人形劇団を名乗っているところは、厳密にはその限りではない。  (→ 営利/非営利

目的としての人形劇 (もくてきとしての・にんぎょうげき) puppetry as a purpose

日本では、「目的としての人形劇」という概念が、ほとんど存在しなかった。人形劇活動をやる目的は、目的すべてが芸術だと思い込んでいる向きが、まだまだある。しかし、芸術を目指すことは、目的の一つでしかない。芸術的にすぐれた人形劇が、唯一すぐれた人形劇ではないのだ。

人形劇芸術の特性を生かして、子どもたちの教育に資するものや、交通安全、識字教育の啓蒙活動を第1の目的に掲げ、そのための技量を保持していることは、積極的に評価されるべきである。最近では、医療分野で人形劇を活用する、人形劇セラピーもある。誤解があるといけないので述べておくが、「子どもたちの教育」は、教訓的な物語を提供するということではない。子どもの人格・情操を育てることに資することである。

ヨーロッパでは、早くから「教育のための人形劇」「セラピーのための人形劇」のための学会があった。日本でも、ようやく〈日本パペットセラピー学会〉が設立され、活動している。

日本の職業人形劇団の経営

すべて借り物でまかなうことの可能な〈人間劇(演劇)〉と異なり、現代人形劇団の場合は、外注することのできない、舞台人形を所有していなければならないという事情が、人形製作の場としてのアトリエを持つ必要性が高く、早い時期から持続した固定集団を形成するようになった。その結果、構成員に対し、歩合制の雇用でなく、給与制が早い時期に導入される傾向があるのが、特徴となっている。

また、最初の頃は、おとなを対象に行っていた現代人形劇が、次第に観客対象を 子どもに特化していった傾向がある。上演場所も、小学校、幼稚園、保育園などで行うことが多い。そのため、一般には「人形劇は子どものためのもの」というふうに受け取られることになっている。

宇野小四郎によると、ある時期、職業人形劇団の観客動員数は、野球のパリーグの動員数に匹敵する数であるにもかかわらず、野球に関しては連日新聞に掲載されているのに、人形劇については極端に少ない。理由は、観客のほとんどが子どもであるため社会への発信力が弱いというのが宇野の分析である。新聞の人形劇の掲載数を、1980年代はじめに、筆者が調査したときは、1年間に、朝日新聞が110件程度、読売新聞が80件程度であった。

ヨーロッパでは教育としての人形劇を行う人形劇団以外に、人形劇芸術として、おとなを中心に上演活動を目的とする人形劇団も同時に存在している。日本でも、おとなを観客とした人形劇の上演は行われているが、わざわざ「おとなのための人形劇」とうたって上演しなければならないという、少しおかしなことになっている。他の芸術ジャンルが、「子どものためのコンサート」とうたうのとは対照的である。

第3は、ヨーロッパの人形劇団が、公的団体の補助を受けて、活動するのがめずらしくないのに対し、日本では、ほとんど助成などを受けることなく、自律的に活動していることである。

人形劇団自身が、好んでそうしているわけでなく、国や公共の文化に対する姿勢の違いである。来日した海外の人形劇人を驚かせている結果となっている。東側体制が崩壊後、来日した人形劇人が、補助金を当てにした経営が成り立たなくなり、日本の人形劇団を訪問した際、アドバイスを求めてきたこともある。

日本のアマチュア人形劇団  

日本には3,000近くのアマチュア人形劇団が活動をしていると推測できる。諸外国には、このように多数のアマチュア人形劇団の存在する国はない。

劇団のおそらく90%くらいが、〈お母さん人形劇団〉と呼ばれるものである。お母さん人形劇団というのは、子どもの所属する幼稚園、保育園、小学校の母親が、自らの子どもたちの所属する集団を観客として上演活動を始めた劇団、または類似の動機で始めた劇団のことである。類似の動機で始めた劇団は、社会人人形劇団に区分されるべきものだが、慣習的に、〈お母さん人形劇団〉と呼ばれている。

〈社会人人形劇団〉と呼ばれる、コミュニティの活動として始めた劇団、大学の人形劇サークルや、児童文化部などOBが中心となって始めた劇団は、1970年代までは、全国にかなりの数があったが、現在では、ごくわずかになってしまった。

主として、村座として活動を始めた、各地の伝承人形劇団は、一部を除いてはアマチュア劇団である。おそらく50くらいの劇団が活動していると思われる。形態としては、社会人人形劇団に分類されるべきものだが、慣習的に別のものとして区分されている。なかには、りっぱな劇場を有して活動するものもある。一方、後継者不足を原因に廃絶するものも多く、あるいは子ども子ども中心の劇団になったものもある。

1953年に創立された人形劇団テアトロ・ポックルは、活動に波はあったが、日本で活動年数最多のアマチュア人形劇団で、2003年に50周年を迎え、現在も活動を続けている。

 


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